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神に従う人の受ける報い
知恵の書 3章1節‐9節
 「神に従う人の魂は神の手で守られ、
もはやいかなる責め苦も受けることはない。
愚か者たちの目には彼らは死んだ者と映り、
この世からの旅立ちは災い、
自分たちからの離別は破滅に見えた。
ところが彼らは平和のうちにいる。
人間の目には懲らしめを受けたように見えても、
不滅への大いなる希望が彼らにはある。
わずかな試練を受けた後、豊かな恵みを得る。
神が彼らを試し、
御自分にふさわしい者と判断されたからである。
るつぼの中の金のように神は彼らをえり分け、
焼き尽くすいけにえの献げ物として受け入れられた。
主の訪れのとき、彼らは輝き渡り、
わらを焼く火のように燃え広がる。
彼らは国々を裁き、人々を治め、
主は永遠に彼らの王となられる。
主に依り頼む人は真理を悟り、
信じる人は主の愛のうちに主と共に生きる。
主に清められた人々には恵みと憐れみがあり、
主に選ばれた人は主の訪れを受けるからである。」
(知恵の書3章1節から9節)
 上の引用は、11月2日死者の日の第三ミサと年間の「殉教者の共通ミサ」に選ばれています。
 今回は、知恵の書について少し説明します。知恵の書は、トビト書、ユディト書、 シラ書、バルク書、マカバイ書上と下の6書とともに旧約聖書の「第二正典」に属します。 プロテスタントの人々は、これらの7書を外典(アポクリファ)と呼び、聖書とは認めていません。 カトリックの立場は、第二正典は、旧約聖書の他の部分である第一正典に比べ、 聖書と正確に認定される時期が遅かったものの、霊感による書物、 すなわち聖書である点で何も区別がないというものです。
 ちなみに、カトリック側で、外典というときは、エノク書、マカバイ第三、第四書などを指し(これらはわたしたちにとっては聖書ではありません)、 プロテスタント側では、これらを偽典あるいは偽経(プソイドエピグラファ)と呼んでいます。
 第二正典を聖書と認めなければ、み言葉の宝庫は大変に寂しくなるとわたしは思っています。 特に知恵の書は優れた聖書です。なぜかというと、この書は大変美しいです。 また、旧約聖書全体を要約しており、旧約と新約を結ぶ架け橋の役目を果たしているからです。
 本書が書かれた時期は、紀元前88年から30年の間です。新約聖書に最も近く、 最後に書かれた旧約聖書です。原語はギリシャ語で、「ソロモンの知恵」と題され、 ブルガタ訳ラテン語聖書では「知恵の書」となっています。 書名や文章のある部分から著者はソロモン王かと思わせますが、書かれた時代からそういうことはありません。
 聖アウグスティヌスは本書を「キリスト教的知恵の書」と呼んでいますが、 それは書が「知恵」について書かれた旧約の教訓書の中で最も優れ、新約聖書の教訓ともよく調和しているためでしょう。
 本書が書かれた場所はパレスチナのギリシャ語を話すところです。 その場所として考えられる最もふさわしいところはアレキサンダー大王が築いたエジプトにおけるギリシャ文明の中心地アレキサンドリアです。 そこにはギリシャ語を話すユダヤ人が沢山住んでいました。ユダヤ人であるということは、本来はユダヤ教徒であるということです。 しかし実際には、異教の高い文明に取り囲まれて信仰から離れたユダヤ人も少なくなかったようです。
 著者は旧約聖書を大変よく読んでいます。本書全体を通じて見られる著者の一貫した動機は聖書を熟読した成果を同胞に伝えることでした。
 今、わたしたち自身のことを考えると、わたしたちも多数の異教徒に取り囲まれています。 自信を失う誘惑は決して小さくはありません。2000年前の教訓が人事ではなく、わたしたちへの教訓でもあると思います。
上掲の聖句の前に、異教徒の考えの一部が述べられています。

「我々の一生は短く、労苦に満ちていて、人生の終わりには死に打ち勝つすべがない。
我々の知るかぎり、陰府から戻って来た人はいない。
我々は偶然に生まれ、死ねば、まるで存在しなかったかのようになる。
…力をこそ、義の尺度とするのだ。
弱さなど、何の役にも立たないから。」
(同書2章1節、2節、11節)

 聖パウロもまたギリシャ語を話すユダヤ教徒でした。
 「現在の苦しみは、将来わたしたちに現されるはずの栄光に比べると、取るに足りないとわたしは思います。」(ローマの信徒への手紙8章18節)

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